デス・オーバチュア
第214話「燃え尽きぬ闘志」




二体の甲冑は別に変わったことはしていない。
青い甲冑は右横を駆け抜ける際に左斜めに一刀両断し、赤い甲冑は左横を駆け抜ける際に右斜めに一刀両断し……重ねてバツの字に炎巨人を斬り捨てた
ただそれだけである。
「ヴァル・シオンとフレア・フレイアの間を通り抜けることは何ものにも叶わず……即ち、行き止まり(デッドエンド)……」
エランは別に誇るわけでもなく、気取るわけでもなく、淡々と述べた。
「……ふっ……実に優秀な『門番』だな……」
カーディナルは再び炎巨人を呼び出しはせず、代わりに紅蓮剣を激しく燃え上がらせる。
「狂瀾散火(きょうらんさんか)!」
紅蓮剣から激しく荒れ狂う火球が七つ一斉に撃ち出された。
『…………』
赤い甲冑フレア・フレイアの六つの掌上にそれぞれ巨大な火球が形成される。
解き放たれた六つの巨大火球が、七つの火球を呑み込むようにして、二人の中間で爆散した。
「貴様も炎をっ!?」
『…………』
フレア・フレイアの胴体が突然百八十度回転したかと思うと、六つの細腕が『収納』され、代わりに普通の太さの二本の腕が姿を現した。
今の前面……本来は背中だった方にも『顔』と『胸』があり、そのフォルムはより凛々しく、こちらの方がヴァル・シオンと対を成すといって説得力のあるデザインをしている。
「フレイア!」
『変形』を完了したフレア・フレイアは一足でカーディナルとの間合いを零にすると、いつの間にか両手で持っていた巨大なクーゼを迷わず振り下ろした。
「ぬっ……くうっ!?」
カーディナルは右手に持っていた紅蓮剣の剣身に左手を添え、振り下ろされたクーゼをなんとか受け止める。
彼女の両足は、受け止めた一撃のあまりの重さによって、大地に沈み込んでいた。
もし、片手で受け止めようとしていたら、間違いなく紅蓮剣は弾かれ、カーディナルはそのまま真っ二つにされていただろう。
「くぅっ……緋天朱雀(ひてんすざく)!」
カーディナルはクーゼを力ずくで跳ね上げるなり、紅蓮剣を一閃し、超至近距離から七匹の朱鳥を撃ちだした。
『…………っ!』
フレア・フレイアはクーゼの一閃で、文字通り朱鳥達を全て薙ぎ払う。
「なっ……狂疾燧火(きょうしつすいか)!」
『…………』
紅蓮剣の剣先が床を擦るように切り上げられるのと、フレア・フレイアがクーゼを振り下ろすのはまったくの同時だった。
床から噴き出し相手を呑み込むはずだった紅蓮の炎は、その直前にクーゼの一撃によって押さえつけられて爆散する。
例えるなら、発射の瞬間に銃口を塞がれて、弾丸が内部で暴発したようなものだ。
「…………」
カーディナルは無言で背後に跳躍して間合いを取り直す。
内心ではおそらく、自分の技が立て続けに破られたことに少なからず動揺しているはずだが、表情からはそのことは欠片も伺えなかった。
「……認めよう、貴様の強さ……」
紅蓮剣が前方に突きつけられると、彼女の全身、そして周囲から紅蓮の炎が爆発的に噴き出し、荒れ狂う。
「出よ、煉獄の不死鳥!」
カーディナルは剣の纏う紅蓮の炎で空中に『六芒星』を描いた。
炎の六芒星の中から、紅蓮の炎で形成された巨大な鳥『不死鳥』が出現する。
「全てを灼き尽くせ! 絶火・炎帝斬(ぜっか・えんていざん)!」
『…………』
周囲の火柱を全て食い尽くし、より巨大化した不死鳥が、フレア・フレイアへ向かって飛翔した。
不死鳥は、3m近いフレア・フレイアを嘴で一呑みにできる程の巨体をしている。
フレア・フレイアは、不死鳥を解き放たれるまでの間、攻撃を仕掛けることもなく無言で待ち、不死鳥が解き放たれ迫り来る今も、平然と自然体で立ち続けていた。
『…………』
突然、フレア・フレイアの右手のクーゼが、まるで紅蓮剣のように燃え上がる。
「なっ!?」
次の瞬間、フレア・フレイアの姿は、不死鳥、そして、カーディナルより『後方』にあった。
おそらく、カーディナルにも認識できない速さで、不死鳥とカーディナルの横を駆け抜けたのだろう。
「……ふっ、馬鹿な話だ……」
不死鳥が左斜め一文字に両断された瞬間、紅蓮剣が砕け散り、カーディナルの胸から勢いよく鮮血が噴き出した。
「ぐぅっ!」
カーディナルは片膝をつき、そのまま俯せに倒れそうになるのを必死に堪える。
「……不死鳥を……容易く斬り捨てられただけでもショックだと言うのに……紅蓮剣越しでなかったら真っ二つか……ふっ、ここまで見事だと笑うしかないな……」
吐血し、苦笑を浮かべながらも、カーディナルは立ち上がった。
「フレイアの一撃をその身に受けながら……立ち上がり、そして、笑いますか、流石は悪魔の王女」
エランが素直に感嘆する。
彼女は、この場に現れてから、揺り椅子に座ったまままだ一歩も動いていなかった。
一歩も動かずに、ヴァル・シオンとフレア・フレイアという『力』で、カーディナルをここまで追いつめているのである。
「……弱者ばかり相手にしていて、我が炎も鈍ったようだ……ふんっ!」
カーディナルの足下から紅蓮の火柱が噴き出し、彼女の姿を呑み込んだ。
「……いったい何千年ぶりか……」
火柱が消えると、全身を紅蓮の炎で燃え上がらせたカーディナルが姿を現す。
剣身を打ち砕かれ殆ど柄だけになっていた紅蓮剣が、燃え盛る炎によって文字通り炎の剣として蘇っていた。
「……全開で戦うのは……自分より強いと思える相手と戦うのは……心が躍るな」
彼女は凄絶なまでに愉しげな笑みを浮かべる。
「……さあ、続きを始めようか」
カーディナルの闘志はまだまだ燃え尽きてはいなかった。



「はあああああっ!」
振り下ろされた剣から、紅蓮の炎が地を駈けるように解き放たれる。
『…………』
フレア・フレイアは片手(左手)で持ったクーゼを一閃し、迫る炎を掻き消した。
「あああっ!」
その間に、接近したカーディナルが炎の剣で斬りかかる。
フレア・フレイアは剣の間合いを的確に見切り、必要最低限の後退でその一撃をかわそうとした。
しかし、剣が炎をより燃え盛らせて炎刃の長さを瞬間的に倍加させる。
炎の刃がフレア・フレイアに直撃し、次いで紅蓮の炎がフレア・フレイアの全身を包み込んだ。
「燃え尽きろっ!」
カーディナルは攻撃の手を休めず、フレア・フレイアを包み込んでいる炎に向けて剣を振り下ろす。
剣から噴き出した強烈な紅蓮の炎が、フレア・フレイアを内包している炎をまるごと呑み込んだ。
カーディナルの炎の剣は一振りされる度に、凄まじい紅蓮の炎を吐き出し続ける。
「激しく美しい攻撃ですが……それでは駄目です」
「何?」
エランが呟いた瞬間、フレア・フレイアを呑み込んでいた炎が内側から弾けるようにして消え去った。
『…………』
炎が消えると、まったくの無傷なフレア・フレイアが姿を現す。
「馬鹿な……」
「どれだけ超高温の炎を叩きつけようと、フレア・フレイアは決して燃えることはない……まあ、今までのように『刃』があれば傷ぐらいはつけれたかも知れませんね……」
エランは馬鹿にするわけでも、誇るわけでもなく、ただ哀れむかのように言った。
「……そうか……刃のない剣では駄目か……ビックファイア!」
カーディナルの背後に、炎巨人(ギガンテック・ファイア)が出現する。
「ん?……その巨人の動きでは、フレア・フレイア達についていけないと判断したからこそ、自ら戦われていたのではなかったのですか?」
エランは、デッドエンドで二体目の炎巨人を破壊された以後、カーディナルが新たに炎巨人を召喚しなかった理由を的確に見抜いていた。
確かに、あの炎巨人は巨体からは考えられない速度で動くが、操り手であるカーディナルより速く動けるわけではないだろう。
万が一、まったく同じ速度で動けるとしても、命令……意志を伝達するタイムラグは存在するはずだ。
何より、巨体で小さいものを相手にするのは実は意外と難しい。
「その通りだ……虫を潰すのに象はいらぬ……」
「それに力の無駄遣いですしね……かなり減ってきましたよ、あなたの力……」
「…………」
炎巨人の度重なる召喚、そして、フレア・フレイアに受けたダメージの強制回復……カーディナルは外見こそ傷ついていないが、かなり消耗しているようだった。
「炎を浴びて傷は癒せても、消耗された力までは回復できない……違いますか?」
「……不死身で戦うこと程つまらぬことはない……」
カーディナルは右手に持った炎の剣を天にかざす。
「来い、ビックファイア……」
背後のビックファイアが巨大な業火に転じると、炎の剣に吸い込まれていった。
「なんと……」
「…………」
ビックファイアを喰らい尽くした炎の刃は凝縮されてその姿を変えていく。
「……紅魔赫焉刃(こうまかくえんは)……」
炎は光と化し……赤々と光り輝く剣刃を形成していた。
「……ふっ!」
カーディナルはエランに視線を向けると、赤刃の剣を横に一閃する。
『……っ!』
エランの前に出現したヴァル・シオンのクーゼが刃元から切り落とされた。
より正確に言えば、『灼き斬られ』たのである。
ヴァル・シオンが庇うように前に出なかったら、真っ二つに灼き斬られたのはクーゼではなくエランだったはずだ。
「……なるほど……『熱気(ねっき)』で斬るですか……?」
カーディナルは遠距離から、赤刃の剣の放つ『熱』を闘気のように飛ばしたのである。
熱気は……あらゆる物を一瞬で蒸発させる超高熱だけでなく、物質的な破壊力と衝撃波といった負荷も伴っていた。
「この熱量でも貴様は灼けないかもしれないが……それなら斬るだけだ……!」
カーディナルは、フレア・フレイアの方に、視線と赤刃の剣先を向ける。
赤刃は、炎刃と違って固体として明らかに物質化されていた。
あれなら、普通の剣のように斬る……標的を物質的に破壊することが可能なはずである。
『…………』
「では、行くぞ……」
一歩踏み出したかと思うと、カーディナルの姿はフレア・フレイアの眼前にまで接近していた。
「斬っ!」
カーディナルは赤刃の剣を迷わず振り下ろす。
赤刃の剣は、受けようと突きだされたクーゼを両断し、フレア・フレイアの左肩を深く灼き斬った。



「うふふふふっ、意外と頑張るわねぇ〜」
クリスタルレイクの湖面を、黒い兎のような格好の女が覗き込んでいた。
ルナティックジョーカー(狂った道化師)、ルナシーラビット(気狂い兎)等と自称する月(狂気)の女神セレナ・セレナーデである。
「でもぉ〜、どうせ結果は変わらないわ〜、うふっ、うふふふふふふっ……」
クリスタルレイクの湖面には、カーディナルとエラン達の戦闘……クリアの様子が映し出されていた。
「素直に最初の一撃でやられていれば楽だったのにねぇ……まあ、気の済むまで頑張ってぇぇ〜、うふふふふふふふふふっ!」
セレナには、必死に戦うカーディナルの姿が可笑しくて堪らない。
未来視の類の能力など無くても、セレナにはこの戦闘の結果だけは解りきっていた。
「会いたい男にも会えずに、やられちゃうなんて可哀想ぅ〜」
いつの間にか、セレナの周りを、気味の悪い真っ黒な蝶々が数匹飛び回っている。
「あんな派手な進行するから……せっかく、私が叔父様の居場所を『親切』に教えてあげたのにねぇ〜、あはははははははははははははっ!」
カーディナルの死闘を眺めながら、セレナと黒き蝶達は楽しげに舞っていた。







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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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